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そっと復活

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だれも読んでいないブログ。ふと昔の写真も見つかった。
次男は中学生坊主頭。今や看護師として。。。いや本質は変わっていない。
相変わらずドラえもんを録画してみているのを発見したときは驚いた。

長男は県外へ行って戻ってこない。結構寂しいもんですな。1年に1回合うかどうか。
あと何回会えるのだろうか。

今日、リハビリデイのおばあちゃんが、「何のために産まれてくるのか。」「生きているのか。」といっていた。
「何らかの役割があるんではないですか。」 「違う。」
「修行ですかね。」 「違う。」
元気そうなおばあちゃんも「漠然とした不安」を抱えている。

難しいなと思いながら1日が過ぎていく。1日何とか。この繰り返し。
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認知症オレンジカフェで逸平さんに遭遇

地域包括支援センターでの認知症オレンジカフェに講師役として用具の紹介しにいく。
この日は、ふと見渡すと市民の方にケアマネの西村逸平さんが乱入しているではないか。
違和感なく混じっていらっしゃるというか、溶け込んでいるのがプロのなせるわざか、単にお歳を召しているだけなのか。
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ということで、看板といっしょに写真とってもらいました。
抱っこしているのは、いつものスマイビです。赤ん坊の泣き声がこころ癒される逸品だ。

老後破産 長寿という悪夢 ~その2~

第3章 なぜ老後破産に陥るのか。

事例1 大工の棟梁 50年一生懸命働いてきた。国民年金のみで月額6万円。一人暮らし。

・光熱費、水道、公共料金等 1.5万円
・医療費、公的保険料 1.5万円
・介護サービス 0.5万円
残り2.5万円で食費、生活費。
・抗がん剤の治療に交通費含めて数千円出費あり。

この日の夕食メニュー 「焼きサバ1切れ60円、インスタント中華スープ5円、ごはん」 以上。
何とも言い難い現実である。

沢山の家を作ってきて社会貢献してきた職人、棟梁の人生の終末の夕食である。
何でもかんでも自己責任という風潮あるいが、いかがか。これは自己責任なのだろうか。
どこかおかしいのではないだろうか。

日露戦争で、ロシアの捕虜になった横川省三というひと。処刑前に所持していた大金をロシアの赤十字に寄付すると申し出る。
「なぜ家族に送らないのか。ちゃんとご家族に届くようにしてやるから。」
「わが日本国は、われらの遺族を見捨てるような國ではない。不幸にもわれらの砲弾で傷ついたロシア兵のためにせめてもの罪滅ぼしである。」
サムライの姿を見たロシア兵は驚嘆し、最後まで礼を尽くしたとのこと。
 「儒教に支配された中国人と韓国人~ byケントギルバード」から抜粋

義理と人情の日本、祖国日本は、大丈夫なのだろうか。

実は、生活保護の財産取り崩しの原則が、柔軟に運用されてきているとのこと。
家が古かったり、土地が安い場合は、住んだままで、生活保護を受けられるようになってきている。
この状況を知らないで我慢している例があるので、まずは、相談してみたらよいとのこと。
時代に要請に自治体が応じてきている。

「リバースモゲージ」は財産価値が高い場合に、担保にして自治体がお金を貸してくれる。
死んだら財産を処分して充てるもの。どうせ処分するなら死んだあとにしてもらえば、住みなれた家で過ごせる。
ただし、満期になれば一括返済なので、長生きすると処分ということになる。

(さらにつづく)


老後破産 長寿という悪夢  NHKスペシャル取材班

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NHKらしい読みやすい本。
第1~2章 生活保護の申請に至るまでの困窮事例
ある事例で全体を表すことはできないが、事例がないと実態がわからないので、冷静に読もう。

生活保護を受けるには、「すっからかん」にならないといけない。
1.身内、親戚のサポートが全くなくて
2.病気、加齢等による身体、精神的に、働けなくて、
3.年金でも最低の暮らしができなくて
4.家、建物、貯金、車(例外あり)、場合によってはパソコンも。とにかく財産すべて無くなって。
というのが原則であるが、逆に、一生懸命仕事しているが、最低賃金に満たない場合はその差額分を受けられる。

持ち家を売り払って公営の低賃金のアパートに出てから。。。となると精神的にはきついものがある。
そこまで、人の世話になって生きながらえて。。。希望もなく。。。
静かに行けるのであれば、自分の家で死んでいってもという考えも出てくるかもしれない。
そうなると年金だけで生活していくことになる。
事例1は、電気を止めて、夏も扉をあけっぱなしにして、医者も我慢して、冷麦一束で1日暮らす独り暮らしのおじいちゃん
テレビが見れないので、乾電池でラジオを聴いている。
一生懸命に仕事だけしていたら、気づいたら独身のまま、今の状態になっていた。
金がなくなり、つながりもなくなる。安いアパートに引っ越そうにも、引っ越し代がないためどうにも動けない。

そういえば、「希望とは生きていく力のことである。」 これはミスチルのテーマである。
「希望が無くなったら、生きていけないのである。」
「認知症の親の年金8万円でいっしょに生活する無職の50代男性」という例もある。

病気、事故など働けなくなる状況というのは、できるかぎり先伸ばしになるようにしないといけないし、介護離職は、何としても避けなければならないと思われる。島田氏の「親を捨てる」という話は、介護離職をしないようにと読み替えたほうが適切かもしれない。なんとかして仕事はやめない。これは鉄則としておこう。

さて、話は戻って、生活保護であるが、ケースワーカに助けられ、年金にプラス5万円支給されることになった。
申請主義のため知らない人は取り残される。いったん生活保護を認められれば生活費のほか、介護、医療がただになる。
つまり、生活保護を受けずに、無理をして医者にも行かないひとが、まず、生活保護を受けてしまえば、生活費も医療介護も無料で受けられ、そこから、生活を立て直し、生活保護を脱することが出来る可能性が出てくるという、なにか、回りくどい制度だという指摘をしている。
(つづく)

父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 by 盛田隆二

家族介護のノンフィクション。
アメリカではアルツハイマー型認知症を「ロンググッドバイ」と呼ぶこともあるらしい。

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看護師である母のパーキンソン病、妹の統合失調症、そして父の認知症介護9年。
在宅医療介護の業界関係者なら、日々このような事例と向き合っている。
いやもっと困難事例もあるかもしれない。内容、文体読みやすいかもしれない。

自分もあっさり短時間で読んでしまったが、最後の最後に1枚の写真。
若き夫婦の写真をみて、しっかりと手をからませて微笑んでいる。
この写真をみて涙してしまった。そして第1章を読み返して、最初はあっさり読んだのに涙。

14歳で田舎から東京の看護養成所に出てきたのが東京大空襲の1ヶ月後。
10万人が焼け死に、20万世帯が消失した東京に一人で出てきた娘はどう感じたのだろう。

たぶん、頑張って病院の師長までになった。
定年後、介護保険制度の開始に際し、医師会会長から、埼玉県での初めての訪問看護ステーションの初代管理者を頼まれる。
同時にパーキンソン症状が出ているのも。。。。
「高等小学校しかでていない私には無理よ。」
「隆ちゃん。私にパソコン教えて。」。。。。。。

発語もできなくなり 50音ボードで 「ウ・メ・ボ・シ・タ・ベ・タ・イ」

この本の素晴らしさは、最後の2人の写真である。
昭和30年代の若き夫婦。その笑顔。そして人生。

このような人たちに社会は支えられ、子供達は、私たちは、育まれ、現在がある。
お盆は、そのようなつながりも再認識するイベントなのではないだろうか。

また日野原先生の言葉も引用されている。

こどもたちへの授業の中で、
「命とは時間のことである。自分の時間を人のために使う時間にすることが命を大切にするということ。それにいつか気づくときが来るから、それまで自分のためだけに時間を使いなさい。」